前歯の指す方向

もう一度あの日に戻るとしても 同じ路選ぶだろう

初恋の人とその仲間たちが人生をかけて大切にしてきたプロジェクトをお休みします

1月27日、我が家のままぴっぴの誕生日です。私が20歳までは30歳(設定)、その後はずっと35歳(設定)のままなので、今年も何度目かの35歳を迎えたらしい。娘の私と姉妹で通用する年齢差設定。めでたい。

 

日曜だったので実家では珍しく外食に行ったらしく、帰宅後にままぴっぴから料理の写真が送られてきた直後、嵐の活動休止を知って父親が大声で叫んだという内容が届いた。

 

既にその時までにはFCからの「嵐よりファンの皆さまへ大切なお知らせがあります」メールが届いていたし、5人からの動画メッセージも見ていたし、他の親戚や友人から安否確認のメールが何通も届いていたし、彼らの会見の言葉待ちだった。

 

そう。初恋の人とその仲間が大切に育てて守って続けてきた「嵐」というプロジェクトがお休みになります。

 

なんだか後出しジャンケンみたいになってしまうのだけど、実は1年前から自分の中で嵐が閉じられる予感があった。

 

 

以前のブログで櫻井翔くんが初恋の人で嵐が好きだったということには触れたものの、なぜあえて過去形で記しているのか、現在はどういう応援スタンスでいるのかははっきりさせていなかったので、少し気持ちの整理のためにも2年後の振り返りのためにも記しておきたいと思う。

 

初めて誰かに対して「かっこいい」という感情をもったのは、ド田舎にできたばかりの最先端スポット(真顔)マクドナルドでポスターを見た時だった。そんな小学生が20年弱たって30歳の足音を聞いてる今まで能動的に継続しているのは「嵐を好き」なことだけだ。ピアノを16年ほど習い続けて1年半前に再開させたから合計はイーブンなんだろうけど、「継続」という点では嵐の方がいつの間にか長くなっていた。

 

嵐がいたから中学にも通えて、嵐がいたから高校にも通えて、嵐がいたから大学生になれて、嵐がいたから社会人にもなれた。嵐が原動力の全てではないけれど、自分の軸のひとつではあって、他に好きなアイドルはいてテレビではチェックしていたけれどファンクラブに入ることもなく、「担当」の概念を設ける必要もないくらいにその軸は唯一無二で強固なものだった。

 

それは嵐があまりにも自分にとっては代替のきかない魅力的なグループだったからだ。

 

以前に書いていたブログで、全然違う文脈から嵐の好きな理由のひとつを記したことがあるので掘り出してみた。

 

あの5人はファンのことを恋人とも金づるとも思わない、プロジェクトを作り上げるメンバーだと思っていて、ビジネスライクかもしれないけどそのスタンスは賢いと思っています。

 

メンバー間でも過剰ないじりもなくて、きちんと信頼と尊敬の上で成り立っていて、ファンに対する言葉もきちんと選んでいて。

 

選ぶってより、乱暴な言葉を使わないとか、自分たちの価値観を押し付けないとか、コミュニケーション上では当たり前のことなんだけれど、常に続けることはきっと難しいんだと思う。

 

辞めたい辞めたいと思っていたのにデビューしてしまったメンバーも、海外のレッドカーペットを歩いたあとに「僕は日本で嵐っていうアイドルをしています」って、グループ自体はぱっとしない環境の中であっても、嵐であることが仕事であり基盤だって疑わせなかった。

 

表に出るときは全力で仕事を全うしてくれた。

 

円滑なコミュニケーションと期待以上のアウトプット。

 

 

まさか世間の多くの人にはっきりとこれを知ってもらうのが、活動休止の会見になるとは思ってもいなかったけれど。

 

 

じゃあなぜ嵐から離れたのかという話で、嵐のコンサートが当たらなくなったとか、社会人になって自分の活動の時間や範囲が拘束される職種だったからとか、そういう理由ではない。結婚を約束していて予定より1年待たされてた男に浮気をされそしてすぐに結婚された相手が嵐ファンで櫻井翔くんのファンだったからだ。3年前の話だ。

 

本当にサイテーな理由をつくった男が別れ話で「別れてもあいちゃんのこと思い出すと思う。好きな映画とか番組とか見たら思い出す」とか言い続けるのに対して、私は「その女の人、嵐とか好きじゃない?その人と一緒になるなら私と同じ番組見ることになるけど大丈夫?同世代だったらあり得るよ?」って聞いたんだった。男は「好きな芸能人まではわからない…」って言ってて、そんなのもわからないのかよ!って激昂した覚えがある。ギャグかよ。

 

その後、相手の女のSNSを見つけて、明らかに嵐のファンで明らかに櫻井くんのファンで自分と同じツアーに入っていた写真を上げていたのを目にした時はトイレに駆け込んだ。伏線回収ばっちり。ギャグかよ。

 

彼氏だけじゃなく初恋の人まで奪われたオタク。

 

その頃にはありがたいことに嵐というプロジェクトは予期もしていないくらいの大きさになっていて、能動的にこちらが動けなくてもテレビや雑誌で絶え間なく楽しさを与えてくれるほどの存在になっていた。嵐がこんなにファンの裾野を広げなければ、相手の女が嵐のファンじゃなかったかもしれない。嵐をこんなに好きじゃなければ他のアイドルと同じくらいの愛情で止めておけば、こういうこともあるよねってすぐに笑えたかもしれない。

 

友人に「結婚はなくなりました」って話す中で「泣きそうになったら嵐を見なよ」って励まされたことも少なくない。そりゃそうだわ。私が友人でも同じこと言う。それが墓穴だなんて誰も思わない。嵐のワードを耳にして泣き始める私を目の前に、友人は皆頭を抱えて「ごめん何も言えない」ってつぶやくだけだった。

 

そんなこんなで嵐の番組は見なくなり、車や音楽プレイヤーから嵐の曲は消し、目に飛び込んでくるたびにトイレへ飛び込む生活が始まった。好きだけど、見れない。好きだけど、聴けない。こんな仕打ちあるかよって思ってた。

 

しめっぽい話のようだけれど内輪の飲み会では自虐ネタとして使えるくらいにはなっているので、どういうわけかこのブログに辿り着いた方も盛られたネタかよ!くらいなテンションで笑ってください。フィクションじゃないんだぜ!

 

 

あれから3年、結婚もしていないし夢を叶えた仕事もパワハラを受けて辞めた。怒涛のような生活の中できっと今までなら嵐が励ましてくれたんだろうけど、トラウマ化してしまった嵐を見るのも怖いし聞くのも怖いしで、私は人一倍歪んだ人間だからぽっかりと空いた穴に憎しみが顔を出してしまう。この歳になったら自分の心の健康は自分で守らなきゃならない。好きなものが心を蝕む原因になるなんて考えなかったから当初は完全に避けることしか対策が思いつかなかったけれど、勇気を出してコンサートに申し込んで行ってみたらやっぱり大好きだった。好きなアイドルがテレビで嵐や櫻井くんと共演していると見るようになったし、好きなグループがラジオで嵐ツアーの思い出を語っていると楽しかった。

 

画面に向かってつっこんだ言葉が櫻井くんとハモってしまうたびに、家族や友人は驚いたようなニヤつくようなそんな表情を向けてくる。染み付いたものは抜けない。櫻井くんが言いそうなことはなんとなくわかるし、音楽番組で披露される過去の曲の振り付けはラジオ体操ばりに自然と体が動く。嵐は間違いなく自分のアイデンティティの一部だ。

 

嵐の店じまいを感じたのは、2017年から2018年にかけて行われたツアーだった。「untitled」というアルバムをひっさげたツアー。このアルバムには「Song for you」という11分30秒の組曲が収録されている。ディズニー映画の一部始終を表すようなドラマ性がある壮大な曲で、コンサートの当選発表以降、この曲を見るのをとても楽しみにしていた。

 

コンサート終盤、本編の最後から2曲目にこの曲は登場した。冒頭の大野くんのソロ、相葉くん二宮くんが登場、櫻井くん松本くんの登場、そして大野くんが真ん中に入って完成する組曲。このとき嵐は◯周年という節目でもなかった。当日までは、嵐が好きな表現のひとつである「過去の自分たちを振り返りながら前へ進む」そういう曲なんだと思ってさらっと聞いていた。

 

でも実際にドームで見ると壮大すぎた。ここまでもなかなかな気迫とメッセージ性だったのに、この曲の歌詞をかみ締めながら演出を見るとゾワゾワ鳥肌がたった。涙が止まらなかった。心の中ではドバドバ号泣していた。感動と、そして不安。言葉を選ばずいうと生前葬かとも思えてきて終演後おもわず隣にいたオタク師匠に「嵐、終わっちゃう気がした」って呟いた。師匠もその時は「考えすぎだよ、また近いうちに当たるといいよね」って返してた。その時は。

 

去年から今年にかけてのツアーは「5×20」の冠で行われると発表された時、再び胸騒ぎが自分を襲った。嵐のデビュー20周年は2019年11月3日。2018年の秋は20年目突入。なのにだ。これまで結成やデビューの◯周年のタイミングに合わて使ってきた「5×◯」を前倒している。

 

このタイミングで嵐の終活を覚悟した。もしかしたら、Song for youの歌詞にある「繋いでゆこうよ最高のfinale」を彼らは近い未来に彼らの手でつくるんだ、と。彼らは絶対に最高状態のまま5人で店じまいをするだろうという、確証のない自信があった。

 

そして発表されたamd moreの日程。5つのドーム合わせて50公演。どう考えても尋常じゃない。彼らの「みんなが入れるための優しさ」「なりふりかまわず仕掛けていく野心」を圧倒的なアウトプットで見せられると、圧倒的オタク歴の師匠も私の”終活説”に頷いた。

 

 

2019年1月27日、嵐は活動休止を発表した。

 

驚くほど私は冷静だった。年末年始で私の”終活説”を聞いていた人達からは気味悪がられた。ついにきたか、という印象だった。

 

「解散」ではなく「休止」

今ではなく2年後

嵐は5人

否定はせず何度も何度も話し合って着地点を見つけた

 

嵐、だった。

 

膨大すぎるステークホルダーに誠意を見せるための期間が設けられ、ここまでのプロセスが明快に説明され、嘘偽りなく素直に話し、そして「嵐」を守るためにディフェンスも効かせた。

 

これが、嵐、だ。

 

嵐が乗っていた船の定員は5人で、そのクルーズの最少催行人数も5人だった。6人目といわれたファンも、船が運航する様子を見ることはできても同乗していることはなかった。同乗していると思わせる余地も与えなかったし、アイドル対ファンの関係上それで良かった。嵐本人が嵐のことを大好きだった。誰よりも嵐のことを好きな人たちがつくるエンターテイメントは決して蚊帳の外ではなかった。

 

見れなくなっても聴けなっても距離を置いてても、嵐は私にとって最高のアイドルなのは変わらない。全然視聴率のとれない生放送で声張り上げてた嵐が、深夜番組で嵐すごろくやら神経衰弱やらやってた嵐が、全国のあちこちで懐に入り込んで孫になってた嵐が、国立競技場で缶蹴りしちゃう嵐が、5人じゃなかったら嵐を続けないって言い切る嵐が、私は大好きだ。

 

きょうもきょうとてびっくりするほど嵐らしい嵐を見せてくれてありがとう。

 

 

社会人になって、後輩が増えて、プロジェクトのリーダーを任されるようにもなって、その中で嵐のようなチームを作りたいと思っている。わりと本気で。

 

雑草魂でがむしゃらにやることを目指した中高生時代、仲間と作りあげる楽しさを目指した大学生時代、目標が叶ってもまだ夢の途中だと高みを目指した社会人その1、嵐のようなチームを作りたいと思っている今。いつだって「嵐」というプロジェクトが人生の羅針盤のひとつ。

 

あと2年、自分がどういうスタンスで嵐を見るのかはわからない。でも人生の半分は超えているこの「好き」の感情はきちんと出していきたいと思う。いつもいつも感情を相手に伝えるのが遅くて、控えめで、我慢してきたけれど、気持ちをぶつけすぎても迷惑にならない相手だからこそ後悔ないように楽しもうと思ってはいる。ここにも少しずつ気持ちを書こうとも思っている。

 

ここまで読む人が読めば特定されそうな文だけれどまあいいや!

 

 

 

私は嵐が大好きです。